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木造聖観音立像

印刷用ページを表示する掲載日:2026年3月16日更新
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木造聖観音立像 左像左像

木造聖観音立像 右像右像

 
めいしょう もくぞう しょうかんのんりゅうぞう
区分 県指定 重要有形文化財
種別 建造物
指定年月日 昭和56(1981)年3月27日
所有者(管理者) 圓城寺(八浄寺)
所在地 淡路市佐野1205  (淡路市内の指定文化財マップ<外部リンク> 外部リンク) 
時代

平安時代 後期

構造

木造(檜) 寄木造り、

像高 164.7センチ、167.5センチ

概要

 圓城寺は、現在は、麓の八浄寺の奥の院として信仰されています。本像は圓城寺の本尊として長く秘仏としてされていましたが、現在は、年1回毎年4月10日に祈願大祭の際に開帳されています。

 観音立像は、異なる仏師による二躯であり、材は檜の寄木造、頭頂に高く平安時代の特徴的な螺けいをいただき、面容はやや童顔を思わせる優雅典麗、彫眼、左腕を軽く腹部まで屈し未開蓮を把ち、右腕は直角に屈臀し第1指と第2指を拈じ、恐らく左手に持った蓮の花弁を拈じていたものと考えられます。二躯揃いではありませんが絶妙の調和を見せ、「夫婦観音」とも呼ばれています。胸前には瓔珞(ようらく)の痕跡があるが現存していません。向かって右の像は、左臂先、天衣の遊離部、両足先等もすべて後補となっています。向かって左の像は、左手首より先、天衣の遊離部、両足先、鼻部が後補となっています。

 線条風の衣文の処理等に和様化されて定朝様式がうかがわれます。作善思想の盛んな貴族全盛時代に組織された京仏師集団の同一工房でつくられたものと考えられています。

 厨子が三尊構造になっていることから三尊仏の如来像であったものと考えられています。


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