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徳島藩松帆台場跡

印刷用ページを表示する掲載日:2026年3月16日更新
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火薬庫松帆湊の階段状の岸壁

めいしょう とくしまはん まつほだいばあと
区分 記念物
種別 史跡
指定年月日 ​平成18(2006)年7月28日、平成23(2011)年9月21日追加指定
所有者(管理者) 個人(淡路市)
所在地 淡路市岩屋1825-41  (淡路市内の指定文化財マップ<外部リンク> 外部リンク)
時代 江戸時代
概要

​ 徳島藩松帆台場跡は、幕末、大坂湾防衛計画の一環として、瀬戸内海上交通の要衝である明石海峡の防衛を目的として、幕府の命令を受けた徳島藩によって、淡路島最北端に築造された付属港湾施設を伴う台場です。安政5(1858)年着工、文久元年(1861)までの4か年にわたり、工事が進められました。台場は、海側に三角形の突出部が2基並んだM字型を呈し、東側に目隠し土塁が延び、堡塁内部には火薬庫、弾薬庫、調練場等の施設が設けられました。台場の南側には、台場からの砲撃力が及ばない海上の敵を迎撃するため、御備船(バッテラ―)という小型高速船を係留する港湾施設である松帆湊が築造されています。

 遺構も良好に残存し、幕末の政治・軍事を知る上で重要な遺跡であるとして指定されました。

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