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伊弉諾神宮

印刷用ページを表示する掲載日:2017年4月10日更新 <外部リンク>
 

伊弉諾神宮の写真 古事記、日本書紀には、国生みに始まるすべての神功を果たされた伊弉諾大神が、御子神なる天照大御神に国家の統治の大業を委譲され、最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に「幽宮」を構えて余生を過ごされたと記されています。

 その御住居跡に御陵(みささぎ)が営まれ、至貴の聖地として最古の神社が創始
されたのが、当神宮の起源です。地元では「いっくさん」と別称され日少宮・淡路島神・多賀明神・津名明神と崇められています。

 本殿の位置は、明治時代に後背の御陵地を整地して移築されたもので、それ以前は、禁足の聖地でした。
 御陵を中心として神域の周囲に濠が巡らされたと伝えられ、正面の神池や背後の湿地はこの周濠の遺構といわれています。

 建物や工作物は、明治9年から同21年に官費で造営されたものが殆どですが、神輿庫及び東西の御門は、旧幕時代の阿波藩主の寄進です。
 境内地は、約1万5000坪。沖積地にあって天然記念物の大楠など照葉樹林に覆われ、四季を彩る草木が繁茂する日本最古のお社です。
 江戸時代の地誌によれば、二丁四方の社地を領したとあり、広大な神域であったようです。